■Chapter1:『墓場鬼太郎』の成り立ちについて
・まずは紙芝居時代から 1954年、鈴木勝丸の紙芝居製作会社である阪神画劇社の専属作家だった水木しげる に『黄金バット』などで知られる紙芝居作家、加太こうじが戦前東京の紙芝居の人気 タイトルだった伊藤正美の『ハカバキタロー』をアレンジして描くことをアドバイス する。水木しげるは伊藤正美の許可を取った上、そのタイトルを『墓場の鬼太郎』と した全く別のオリジナルシリーズとして『蛇人』『空手鬼太郎』『ガロア』『幽霊の 手』の4作品をリリース。 現在それらの作品は散失し見ることは出来ないが、この4タイトルが鬼太郎シリーズ の始まりとなった。(すでに目玉おやじも登場、鬼太郎の髪型は水木しげるの甥が そのモデル)
・貸本時代 初の鬼太郎シリーズから5年、紙芝居業界が衰退し水木しげるは57年上京、貸本*注 漫画家となる。SFものや戦記ものを何作か描いた後、兎月書房で自身の責任編集によ る怪奇もののアンソロジー本、『妖奇伝』にて「幽霊一家」を発表。『妖奇伝』第2 号にて続編となる『墓場鬼太郎』を発表するも不人気により『妖奇伝』は廃刊。
熱心な読者の『妖奇伝』継続を要望するハガキによってアンソロジー『墓場鬼太郎』 が創刊され同タイトルの「墓場鬼太郎」を連載することとなる。 『墓場鬼太郎』第1〜3号にて「地獄の片道切符」「下宿屋」「あう時はいつも死 人」をそれぞれ発表。兎月書房の経営難による原稿料未払いにより三洋社に移籍、 『鬼太郎夜話』とし、「吸血鬼と猫娘」「地獄の散歩道」「水神様が町にやって きた」「顔の中の敵」の4作品を発表。5作目「カメ男の巻」を書き上げるも三洋 社倒産により原稿は散失してしまう。一方、水木移籍後の兎月書房ではアンソロ ジー『墓場鬼太郎』を水木に無断で引き続き刊行、竹内寛行によって鬼太郎作品 が描かれた。*注2 水木しげるはこれに抗議、和解の条件として鬼太郎作品 『怪奇一番勝負』『霧の中のジョニー』の2冊を発表。 その後兎月書房も倒産、佐藤プロでおかしな奴』、『ボクは新入生』、『アホな男』 の3作品、東考社で『ないしょの話』1作品を発表。その後は65年『週刊少年マガジ ン』にて鬼太郎のメジャー誌連載が開始となる。 発表された掲載誌によりタイトルや内容、設定は微妙に異なるが、「幽霊一家」〜 『ないしょの話』までの作品をまとめて”貸本版鬼太郎”と呼ぶことが多い。 今回アニメ化されるのはこの貸本版時代の鬼太郎である。 Chapter4で後述するが、『週刊少年マガジン』連載版の「墓場の鬼太郎」(のちに 「ゲゲゲの鬼太郎」に改題)では貸本版でのエピソードの一部が再利用された。 『ガロ』に連載された「鬼太郎夜話」はこの貸本版をあらたにまとめ、描き直した リライト作品である。
*注:貸本:戦後流行したレンタルコミック。大手出版社ではなく貸本屋に本を卸す 貸本専門の業者によって多くのジャンルの本が作られた。大手出版社が安価な漫画雑 誌を刊行し始めたことにより衰退していった。
*注2:竹内寛行による『墓場鬼太郎』は第4号〜19号まで描き続けられた。諸般の 事情により復刻はされていない。竹内寛行版鬼太郎に関しては大泉実成の『消えた マンガ家 アッパー系の巻』(現在絶版)が詳しい。 テーマ:墓場鬼太郎 - ジャンル:アニメ・コミック
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